マチュピチュまでの道(10)
Peru(10)

30分の休憩後 ポンチョ 水筒 ランチ カメラ2台 超小型三脚
などを持参したリュックサックに詰め込みアルマス広場にあるマチュピチュの
入場チケット売り場に向かった。(最近マチュピチュ入り口よりここに移動)
窓口で偽造中国学生証を出してみたが 窓口に張り出されている
国際スチューデントカードではなければ駄目だと言う。
(ネットに出ていた情報にまたもや裏切られた・・ホテルの客引きも居なかったし!!)
くそ〜〜〜〜!
せっかく学生証偽造したのに!!今日は散々だ!(T_T)・・・・・・
2日分の購入も可能だと言うのでs/77×2 s/154(5250円)払う
それにしても高け〜な!ここペルーでは ほんと観光で儲ける姿勢ありあり!
列車も高いし遺跡の入場料も高い・・
これら料金も年々上がっているので 気がつけばマチュピチュ入場料1日分で
田舎のペルー人が1ヶ月生活できることが可能になるかもしれない。
しかし それでも先進国の人々はマチュピチュ見たいよね!!
バス乗り場に移動後 ここでも2日分の往復チケットを購入
勿論歩いて マチュピチュに行くことは可能だが・・
絶対嫌です こんな短い時間しか無い哀しい旅行者の私としては!
結構多くの欧米人やペルー人が歩いて登っている。
徒歩では2時間未満で着くらしいが・・ 時間があれば! あるなら!
自分の足で登ってみたいものである・・でも無いでしょ(--;)
バスのチケットはUS$で1往復$12(2日で$24 約2600円 バス往復
入場料入れて2日分で7850円 なり〜)
バスはハイラム・ビンガム道路の入り口まで川沿いに少しずつ下り、
ウルバンバ川を渡った所から ツズラ降りでハイラム・ビンがム道路を登り始める!
雨は小降りになって何時しか止んでいる時間帯も伺える。
最後の角を曲がり ついに マチュピチュの入り口サンクチュアリーロッジ
(唯一マチュピチュにあるホテルでUS$400以上!
宿泊するには クスコでも同系列の5ッ星ホテルに宿泊する必要がある
数年後廃止 博物館になる予定。)の前で泊まった。
バスを降りマチュピチュ内にトイレが無いらしいので入り口前にある
トイレ(s/0.5) を使ってから行動を開始した。
まず入り口横の係員詰め所でパスポートに入場の判子を押して入場。
(見過ごしがちだが 詰め所で頼むと判子が出て来るのだ。
そしてコーナーを左に回ると・・・・・・

マチュピチュだ(@_@)・・・・・・・雨と霧?雲?の中その姿の一部を見せたのだ。
ちょっと感動・・しかし道はすぐそれら一部の建物が見える場所から離れ
森の中に入って行った、そして九十九折の坂をどんどん上がっていく。
5分ほど登ると急に開けた場所に出た。
そしてそこには写真で見たあのマチュピチュの全容が広がっていた!
すぐ上にはマチュピチュでマチュピチュ一番のビューポイント見張り小屋が見える。
そこまで急いで登る!
出た〜あの写真の風景だ! 写真に見た景色だ 目の前に広がっている
(T_T)ウルウル。。。。。。。。
霧にかすむ姿が荘厳で素晴らしい!
反対側のワイナピチュも時折雲の中姿を見せている! 来ちゃったよとうとう!
家を出てから三日目 遠かったけど・・ ついに マチュピチュに立っている。
ずいぶん昔TVで見て 何時か行けるか??と思っていたその場所に来たのだ。
これほど感激した風景はグランドキャニオン以来だろう!判っていても素晴らしい景色だ。
マチュピチュは世界遺産に自然環境&構造物で登録されている。
しばらく動けないで見とれていたが雨が強くなったので
復元された見張り小屋で雨宿りするために中に入った。
近くにいた ガイドが構造を説明しているので英語ながら判るところを摘み聞く。
(しかし 良く判んない(--;))水分補給などして休みながら景色を見ていると
雨が止んできたのでインカ橋に向かうことにした。
(多分 今日は降ったり止んだりの繰り返し 様子を見て動くこととする)
インカ橋にむかう道の入り口ですれ違った元気なおばさんが「テンミニッツ!」と
声をかけてくれた。こちらも元気が出る!
途中バックに入れたサンドイッチをつまみながら 崖に刻んだ細いインカ道を進んでいくが
10分では何も現れない。(本当はNoFood ですが皆少なからず持っています)
やっぱりな・・元気レンベルが減少(~o~) 途中すれ違う人々は「まだまだだよ」と
教えてくれる。元気レベルさらに減少。
それでも30分を過ぎた時、コーナーを曲がると突然現れた!
インカ橋だ!ただの崖にかかった2本の木の橋なのだが
見る価値のある素晴らしい景色だ! あんな道を昔歩いていたのだろうか?
と思わせるほどの危険な道に続いている。

コカの葉を運ぶため作られた、とか 敵が攻めてきたときはこの橋を落としてマチュピチュ内へ
の敵の侵入を防いだ、とか言われている。昔の人のアイデアと技術力に感心させられる。
是非行かれた方がいいポイントですね。
只 人気のないこのインカ橋までの道とは言え 見通しの悪い所で
ウンコするのはやめましょう!どうみてもインカ人の代物には見えません(--;)
出発から1時間半ほどしてもとの見張り小屋まで戻り 今度は坂を下って
マチュピチュ内部に進むことにした。
見所は沢山!ガイドが付かないので自分でセルフガイドするため、
マチュピチュの内部説明をプリントアウトして持参したガイドペーパーが役に立つ。
どうせ英語ガイドじゃ半分も判らないし多数居るスペイン語ガイドはもっと判らない。
上手くすれば日本人団体を見つけコバンザメ作戦!とも考えたが、
どうも行動パターンが違うようで見当たらない。
勝手に有名な建造物を見学 インティワナも見つけた。
このインティワナ日時計の意味もあり、未知の力を秘めた岩とも言われている。
触ってパワーを貰いたいところだが、以前TV取材の時この岩を傷つけた
馬鹿クルーが居たおかげで 周囲にはロープが引かれ 見張りの人まで立っている・・・。
人目を盗んで(-_-;)と待ち構えるが 沢山の人々で切れ目がない・・
インティワナに触る!と言う野望は明日に残して他に移動(~_~メ)チッ
お昼過ぎ頃にはだいぶ雨も落ち着き 時折晴れ間も見えるようになってきた。

↑これ空港の出入国管理官に見つかると文句言われる! な〜〜にもしてくれないくせに
えらそうに文句言われます!!体験済み!注意してね(^^)
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30分の休憩後 ポンチョ 水筒 ランチ カメラ2台 超小型三脚
などを持参したリュックサックに詰め込みアルマス広場にあるマチュピチュの
入場チケット売り場に向かった。(最近マチュピチュ入り口よりここに移動)
窓口で偽造中国学生証を出してみたが 窓口に張り出されている
国際スチューデントカードではなければ駄目だと言う。
(ネットに出ていた情報にまたもや裏切られた・・ホテルの客引きも居なかったし!!)
くそ〜〜〜〜!
せっかく学生証偽造したのに!!今日は散々だ!(T_T)・・・・・・
2日分の購入も可能だと言うのでs/77×2 s/154(5250円)払う
それにしても高け〜な!ここペルーでは ほんと観光で儲ける姿勢ありあり!
列車も高いし遺跡の入場料も高い・・
これら料金も年々上がっているので 気がつけばマチュピチュ入場料1日分で
田舎のペルー人が1ヶ月生活できることが可能になるかもしれない。
しかし それでも先進国の人々はマチュピチュ見たいよね!!
バス乗り場に移動後 ここでも2日分の往復チケットを購入
勿論歩いて マチュピチュに行くことは可能だが・・
絶対嫌です こんな短い時間しか無い哀しい旅行者の私としては!
結構多くの欧米人やペルー人が歩いて登っている。
徒歩では2時間未満で着くらしいが・・ 時間があれば! あるなら!
自分の足で登ってみたいものである・・でも無いでしょ(--;)
バスのチケットはUS$で1往復$12(2日で$24 約2600円 バス往復
入場料入れて2日分で7850円 なり〜)
バスはハイラム・ビンガム道路の入り口まで川沿いに少しずつ下り、
ウルバンバ川を渡った所から ツズラ降りでハイラム・ビンがム道路を登り始める!
雨は小降りになって何時しか止んでいる時間帯も伺える。
最後の角を曲がり ついに マチュピチュの入り口サンクチュアリーロッジ
(唯一マチュピチュにあるホテルでUS$400以上!
宿泊するには クスコでも同系列の5ッ星ホテルに宿泊する必要がある
数年後廃止 博物館になる予定。)の前で泊まった。
バスを降りマチュピチュ内にトイレが無いらしいので入り口前にある
トイレ(s/0.5) を使ってから行動を開始した。
まず入り口横の係員詰め所でパスポートに入場の判子を押して入場。
(見過ごしがちだが 詰め所で頼むと判子が出て来るのだ。
そしてコーナーを左に回ると・・・・・・

マチュピチュだ(@_@)・・・・・・・雨と霧?雲?の中その姿の一部を見せたのだ。
ちょっと感動・・しかし道はすぐそれら一部の建物が見える場所から離れ
森の中に入って行った、そして九十九折の坂をどんどん上がっていく。
5分ほど登ると急に開けた場所に出た。
そしてそこには写真で見たあのマチュピチュの全容が広がっていた!
すぐ上にはマチュピチュでマチュピチュ一番のビューポイント見張り小屋が見える。
そこまで急いで登る!
出た〜あの写真の風景だ! 写真に見た景色だ 目の前に広がっている
(T_T)ウルウル。。。。。。。。
霧にかすむ姿が荘厳で素晴らしい!
反対側のワイナピチュも時折雲の中姿を見せている! 来ちゃったよとうとう!
家を出てから三日目 遠かったけど・・ ついに マチュピチュに立っている。
ずいぶん昔TVで見て 何時か行けるか??と思っていたその場所に来たのだ。
これほど感激した風景はグランドキャニオン以来だろう!判っていても素晴らしい景色だ。
マチュピチュは世界遺産に自然環境&構造物で登録されている。
しばらく動けないで見とれていたが雨が強くなったので
復元された見張り小屋で雨宿りするために中に入った。
近くにいた ガイドが構造を説明しているので英語ながら判るところを摘み聞く。
(しかし 良く判んない(--;))水分補給などして休みながら景色を見ていると
雨が止んできたのでインカ橋に向かうことにした。
(多分 今日は降ったり止んだりの繰り返し 様子を見て動くこととする)
インカ橋にむかう道の入り口ですれ違った元気なおばさんが「テンミニッツ!」と
声をかけてくれた。こちらも元気が出る!
途中バックに入れたサンドイッチをつまみながら 崖に刻んだ細いインカ道を進んでいくが
10分では何も現れない。(本当はNoFood ですが皆少なからず持っています)
やっぱりな・・元気レンベルが減少(~o~) 途中すれ違う人々は「まだまだだよ」と
教えてくれる。元気レベルさらに減少。
それでも30分を過ぎた時、コーナーを曲がると突然現れた!
インカ橋だ!ただの崖にかかった2本の木の橋なのだが
見る価値のある素晴らしい景色だ! あんな道を昔歩いていたのだろうか?
と思わせるほどの危険な道に続いている。

コカの葉を運ぶため作られた、とか 敵が攻めてきたときはこの橋を落としてマチュピチュ内へ
の敵の侵入を防いだ、とか言われている。昔の人のアイデアと技術力に感心させられる。
是非行かれた方がいいポイントですね。
只 人気のないこのインカ橋までの道とは言え 見通しの悪い所で
ウンコするのはやめましょう!どうみてもインカ人の代物には見えません(--;)
出発から1時間半ほどしてもとの見張り小屋まで戻り 今度は坂を下って
マチュピチュ内部に進むことにした。
見所は沢山!ガイドが付かないので自分でセルフガイドするため、
マチュピチュの内部説明をプリントアウトして持参したガイドペーパーが役に立つ。
どうせ英語ガイドじゃ半分も判らないし多数居るスペイン語ガイドはもっと判らない。
上手くすれば日本人団体を見つけコバンザメ作戦!とも考えたが、
どうも行動パターンが違うようで見当たらない。
勝手に有名な建造物を見学 インティワナも見つけた。
このインティワナ日時計の意味もあり、未知の力を秘めた岩とも言われている。
触ってパワーを貰いたいところだが、以前TV取材の時この岩を傷つけた
馬鹿クルーが居たおかげで 周囲にはロープが引かれ 見張りの人まで立っている・・・。
人目を盗んで(-_-;)と待ち構えるが 沢山の人々で切れ目がない・・
インティワナに触る!と言う野望は明日に残して他に移動(~_~メ)チッ
お昼過ぎ頃にはだいぶ雨も落ち着き 時折晴れ間も見えるようになってきた。

↑これ空港の出入国管理官に見つかると文句言われる! な〜〜にもしてくれないくせに
えらそうに文句言われます!!体験済み!注意してね(^^)
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マチュピチュまでの道(9)
Peru(9)
3日目

頭が痛い・・昨日寝たのは何時だろう?予定を考えているうちに寝たようだ。時計を見ると午前2時半(*_*)高山病?空気が薄くて寝ている時の呼吸数の減少で酸欠が起きているらしい。クスコより標高が低いとはいえ2700m!
頭痛薬を飲んで頭に水に濡らしたタオルを載せ深呼吸するように又寝た。次ぎに五時に起きた時には頭痛は治まっていた。
しかし体がだるく頭も冴えない・・時差ぼけと疲れが抜けない?まだ酸欠?とりあえず思考回路は鈍いようだ。
7時05分の列車に乗る前に食事をとりに食堂に行くと 「オハヨ〜ゴザイマ〜ス」と変なアクセントの日本語で声がかかった。
宿泊したゲストのオバサンで日本語を勉強しているそうだ。 一緒に食事して話したかったが残念なことにすでに列車の時間は迫っているのでゆっくりしていられない。
彼女たちは遅い便の列車で出発すると言うので「マチュピチュで会いましょう!」と席を立ちそのままホテルをチェックアウトした。
外に出るとすでに駅には沢山の人が集まって列車を待っている。
5分も待たないで列車はホームに入ってきた。

ホームに入ってきた列車は2両編成の可愛い列車 前の駅で乗り込んでいる乗客とホームに待つ乗客を乗せると全ての席は埋まっていたようだ。 (クスコ発の列車は6両編成なのそうだが ウルバンバ発のこの列車は,2両編成終点であるアグアスカリエンテスには クスコ発より1時間先に着く 時間を有効に使うにはお勧めである。
クスコ発のビスタドメ(上級クラス)は往復$100を越えるが ウルバンバ発は約$70)
列車は出発後すぐに サンドイッチとケーキのサービスがあり さすがに食べたばかりで食べられなかったので、マチュピチュ用にリュックに忍ばせる事にした。
列車は左手にウルバンバ川を見てガタガタと相当安っぽい列車の揺れを発しながら
進んでいく 30分もすると五日前にがけ崩れで通行止めになった場所に通りかかった
乗客皆が一斉にカメを構える。
(これが数日遅かったら・・・・! 皆同じ気持なのだろうな・・・)
このころから列車は線路しかない渓谷沿いを進むのだが、所々に家が建っている 表現は悪いが大半はボロ屋。
電気も無いしガスも無い!戸口の隙間から釜戸で煮炊きしているのが見える家もある。 家の外で小さな子供が遊んでいるのが見える家もある。 凄い!なぜにこれほど条件の悪い所に住むのか? 彼らには普通かも知らないが、私達にはこのような生活は出来ないだろう。貧しいだけ!そんな簡単なことではない、文化も関係しているのだろう。
こんな風景を見て考えさせられるし、本当に来てよかった・・・・・ (T_T)。

1時間半ほどして列車は アグアスカリエンテスの新築された駅舎に滑り込んだ。朝は降っていなかった雨が・・小雨だが降っている。
駅舎の端にあるトイレに寄ってから駅舎の外に出てみたが 期待していた客引きがいない(~o~)あっれ〜〜〜?? ここで交渉して安く宿を決めるつもりだったのに・・2両編成で乗客が少ないからなのかな・・?
予約を持った客を待つ人は居るのだがホテルを勧める人がいない
(クスコ空港と同じだ(~_~))
しょうがないのでネットで調べた安ホテルがあると思われる地域を目指して荷物を担いで出発した。
雨は何時しか本気で降り出し 坂の多いこの町の宿探しを困難にさせる。
歩かなきゃ・・・・
やっと見つけたお目当てのホテルは 高かった・・他をあたるしかない!
まだ疲れが残っていて歩く足も重い・・
マチュピチュにも早く行きたい(雨でも行きたい・・・)
温泉方面に進んだ所の エル インカホステルにとりあえず声をかけてみよう。
向かいにあるホテルも以前安ホテルとネットに出ていたが、 最近調べたらすでに増築・改築が進み 料金は$35〜と高くなっている。 やはりどう見ても見劣りするこちらインカホステルが安いだろう。
ネットで見る旅行者の情報では部屋はそれほど汚くはない(見る人が見れば汚いが)と出ている。
薄暗く人気の無い入り口を入ると鼻水たらした子供がこちらを見ている。
すぐに彼は奥に引っ込んでいった 人を呼びにいったようだ。
しばらくすると オーナーらしき人がでてきて値段交渉。
1泊s/50(1700円!)凄く高いこと言っている(--;) コンニャロー吹っかけてるな!!
とりあえず部屋を見てから値引かせようと中に入っていった。 部屋は広い部屋でそれほど汚くもない。
だが値引く様子も無い・・いろいろ言ったが値引きに難色を示す。 「じゃあまたにするよ」と言って動き出したら、やっと値引きに応じてきた それでも高い・・・・どうしよう・・・・(本音はもう雨の中歩きたくない (*_*)
時差ぼけと疲れからか頭の回転が悪い、いくらなら適正かも思い当たらない(>_<) ソル>円の変換もスムーズに行かないそれにチェックアウトを午後四時まで伸ばす交渉もしなくてはいけない なぜなら帰りの列車の時間まで部屋を使いたいからだ。) 頭の中はぐちゃぐちゃになってきた・・・どうやら負けのようだ・・値引かせる理由が思い浮かばないまま『ディスクエント!カロ!』(高い)しか言っていない。

結局2泊 s/65(2200円)でPM4:00までチェックアウトを遅らせることで白旗(T_T)でした。
(最初の計画では 1泊s/35〜40(1200〜1400円)の予定が(T_T))
日本で考えるとたかが1000円だが 俺の馬鹿〜〜〜〜!今回の旅行中一番悔やまれる(>_<)
提供された部屋は4台もベッドがあり(もっと狭い部屋を安く貸せと言ったが 料金は同じだからここを使えとなった) 荷物をバ〜〜〜〜っと 3台のベッドの上にぶちまける!
へ! 好きに使ってやるもんね! 2時間おきにベッド変えて寝てやろうか?(余計疲れんジャン・・)
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3日目

頭が痛い・・昨日寝たのは何時だろう?予定を考えているうちに寝たようだ。時計を見ると午前2時半(*_*)高山病?空気が薄くて寝ている時の呼吸数の減少で酸欠が起きているらしい。クスコより標高が低いとはいえ2700m!
頭痛薬を飲んで頭に水に濡らしたタオルを載せ深呼吸するように又寝た。次ぎに五時に起きた時には頭痛は治まっていた。
しかし体がだるく頭も冴えない・・時差ぼけと疲れが抜けない?まだ酸欠?とりあえず思考回路は鈍いようだ。
7時05分の列車に乗る前に食事をとりに食堂に行くと 「オハヨ〜ゴザイマ〜ス」と変なアクセントの日本語で声がかかった。
宿泊したゲストのオバサンで日本語を勉強しているそうだ。 一緒に食事して話したかったが残念なことにすでに列車の時間は迫っているのでゆっくりしていられない。
彼女たちは遅い便の列車で出発すると言うので「マチュピチュで会いましょう!」と席を立ちそのままホテルをチェックアウトした。
外に出るとすでに駅には沢山の人が集まって列車を待っている。
5分も待たないで列車はホームに入ってきた。

ホームに入ってきた列車は2両編成の可愛い列車 前の駅で乗り込んでいる乗客とホームに待つ乗客を乗せると全ての席は埋まっていたようだ。 (クスコ発の列車は6両編成なのそうだが ウルバンバ発のこの列車は,2両編成終点であるアグアスカリエンテスには クスコ発より1時間先に着く 時間を有効に使うにはお勧めである。
クスコ発のビスタドメ(上級クラス)は往復$100を越えるが ウルバンバ発は約$70)
列車は出発後すぐに サンドイッチとケーキのサービスがあり さすがに食べたばかりで食べられなかったので、マチュピチュ用にリュックに忍ばせる事にした。
列車は左手にウルバンバ川を見てガタガタと相当安っぽい列車の揺れを発しながら
進んでいく 30分もすると五日前にがけ崩れで通行止めになった場所に通りかかった
乗客皆が一斉にカメを構える。
(これが数日遅かったら・・・・! 皆同じ気持なのだろうな・・・)
このころから列車は線路しかない渓谷沿いを進むのだが、所々に家が建っている 表現は悪いが大半はボロ屋。
電気も無いしガスも無い!戸口の隙間から釜戸で煮炊きしているのが見える家もある。 家の外で小さな子供が遊んでいるのが見える家もある。 凄い!なぜにこれほど条件の悪い所に住むのか? 彼らには普通かも知らないが、私達にはこのような生活は出来ないだろう。貧しいだけ!そんな簡単なことではない、文化も関係しているのだろう。
こんな風景を見て考えさせられるし、本当に来てよかった・・・・・ (T_T)。

1時間半ほどして列車は アグアスカリエンテスの新築された駅舎に滑り込んだ。朝は降っていなかった雨が・・小雨だが降っている。
駅舎の端にあるトイレに寄ってから駅舎の外に出てみたが 期待していた客引きがいない(~o~)あっれ〜〜〜?? ここで交渉して安く宿を決めるつもりだったのに・・2両編成で乗客が少ないからなのかな・・?
予約を持った客を待つ人は居るのだがホテルを勧める人がいない
(クスコ空港と同じだ(~_~))
しょうがないのでネットで調べた安ホテルがあると思われる地域を目指して荷物を担いで出発した。
雨は何時しか本気で降り出し 坂の多いこの町の宿探しを困難にさせる。
歩かなきゃ・・・・
やっと見つけたお目当てのホテルは 高かった・・他をあたるしかない!
まだ疲れが残っていて歩く足も重い・・
マチュピチュにも早く行きたい(雨でも行きたい・・・)
温泉方面に進んだ所の エル インカホステルにとりあえず声をかけてみよう。
向かいにあるホテルも以前安ホテルとネットに出ていたが、 最近調べたらすでに増築・改築が進み 料金は$35〜と高くなっている。 やはりどう見ても見劣りするこちらインカホステルが安いだろう。
ネットで見る旅行者の情報では部屋はそれほど汚くはない(見る人が見れば汚いが)と出ている。
薄暗く人気の無い入り口を入ると鼻水たらした子供がこちらを見ている。
すぐに彼は奥に引っ込んでいった 人を呼びにいったようだ。
しばらくすると オーナーらしき人がでてきて値段交渉。
1泊s/50(1700円!)凄く高いこと言っている(--;) コンニャロー吹っかけてるな!!
とりあえず部屋を見てから値引かせようと中に入っていった。 部屋は広い部屋でそれほど汚くもない。
だが値引く様子も無い・・いろいろ言ったが値引きに難色を示す。 「じゃあまたにするよ」と言って動き出したら、やっと値引きに応じてきた それでも高い・・・・どうしよう・・・・(本音はもう雨の中歩きたくない (*_*)
時差ぼけと疲れからか頭の回転が悪い、いくらなら適正かも思い当たらない(>_<) ソル>円の変換もスムーズに行かないそれにチェックアウトを午後四時まで伸ばす交渉もしなくてはいけない なぜなら帰りの列車の時間まで部屋を使いたいからだ。) 頭の中はぐちゃぐちゃになってきた・・・どうやら負けのようだ・・値引かせる理由が思い浮かばないまま『ディスクエント!カロ!』(高い)しか言っていない。

結局2泊 s/65(2200円)でPM4:00までチェックアウトを遅らせることで白旗(T_T)でした。
(最初の計画では 1泊s/35〜40(1200〜1400円)の予定が(T_T))
日本で考えるとたかが1000円だが 俺の馬鹿〜〜〜〜!今回の旅行中一番悔やまれる(>_<)
提供された部屋は4台もベッドがあり(もっと狭い部屋を安く貸せと言ったが 料金は同じだからここを使えとなった) 荷物をバ〜〜〜〜っと 3台のベッドの上にぶちまける!
へ! 好きに使ってやるもんね! 2時間おきにベッド変えて寝てやろうか?(余計疲れんジャン・・)
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マチュピチュまでの道(8)
Peru(8)

出発から1時間半後に約88kmの道を走りオリャンの村(http://www.ollantaytambo.org/es/)に到着。
インカ時代から続く村 オリャンタイタンボは昔からの息使いを感じる良い雰囲気の村! 素晴らしい家並み。
道端にはクスコからの日帰り観光バスが何台か駐車されアルマス広場の周りには多数の観光客もいるようだ。
自分の体調の方は移動中車内で休むことが出来たし、標高が下がって空気も濃くなったのだろう結構回復した!>^_^<
運転手のパンチョに「ホテルは EL Albergueにしようと思っているからとりあえず駅に行ってくれ」と頼むと「予約は入れてあるのか?」と聞いてくる。 予約など無いのでとりあえず「いや ただそこが希望だから・・ネ」 すると「なんだ 俺が知っている良いホテルがある」と始まった・・(~_~メ)またマージンか〜? (違ったらゴメンね・・ でもそうでしょ??^^;)
『駅が近いから朝がゆっくりできる』 とか 『空きが無ければ パンチョのお勧めに行く』 とか適当に言ってEL Albergue(http://www.rumbosperu.com/elalbergue/)に向わせる。
駅はだいぶアルマス広場から離れているし道はガタガタの土道だ。ゆっくりゆっくりTAXIは駅に向って走った。
道のどんづまりにある駅の入り口にはモトタクシーが何台か待機しているのが見える。
この駅の入り口にTAXIを停めてもらい駅構内を通ってホテルに入り空き部屋を聞いて見ると。
ありましたお部屋が! 良かった・・・ パンチョとは握手をして「明後日ウルバンバで会おうね〜」と別れた。

いいホテルだ オシャレ! 駅に近いので明日ゆっくり寝ようとここにしたがこれほど いい感じとは・・感動!
ネットで探した他のホテルとは同価格帯か いくぶん安いし
荷物を解きベッドに少し横になった後オリャンタイタンボ遺跡に向かう事にした。
駅前のモトタクシーに声をかけ料金を聞くと1名単位の料金でs/1(34円)
値切る値段単位じゃないように思えるので了承して乗り込む。
駅からの土道をガタガタとモトタクシーは揺れにゆれながら広場まで走った。(良いな〜旅先の乗り物って!)
すれ違うモトタクシーは東南アジアで見る超満員状態走行と言うことは無く文化の違いを感じた。
アルマス広場手前で降りてオリャンタイタンボ遺跡の入り口へと歩いたが ここらあたりになると道は石畳になり とてもいい感じの村である。
すでに時間は4時になっているので夕暮れまでに時間は無い 出来ればゆっくり
この村の 路地 子供を写真に撮って回りたい所であるが・・・・・・・・んん・・・・・・・・・・・
サクラバレーレイルの事務所め・・・(-_-;) 時間の無いジャパニーズツーリストの悲しさかな(~_~)。
出店のお土産屋の脇を通り抜け オリャンタイタンボのゲートで入場料を購入しようと聞くと、周りの遺跡とセットの入場券を進められるが そんな時間も無いので オリャンのみの入場券を出してもらう。S/20(700円)

ハッ ハッ ハッ〜 息が切れる クスコより標高で600mも低いけど 強行軍でここまで来るとさすがに辛い(>_<)
(オリャンタイタンボにあるオリャンタイタンボ遺跡は、スペイン軍に反旗を翻したマンコ・カパック2世軍の戦場であり、そのマンコがスペイン軍に楯突いた際に立てこもった城です。すでに末期症状のインカ帝国軍の反乱はささやかな抵抗でしかなく、後に彼らはさらに奥地のビルカバンバに退きました。)
何とか見晴らしの良い所まで上がり村を見下ろしていると なんと私に一目ぼれしたのかペルー人の女子中学生達が「一緒に写真を撮らせてくれ」と言って来た。
セニョーリータそんなにあせらなくても 順番順番!
実際の所 ただ単に日本人が珍しかったようで・・・・・ (各地で 声をかけられることが多々あった。)
夕暮れがオリャンの谷を包み始めたので先ほど来た階段を降り、出口付近でs/1のトイレを使い退場。
すでにゲートは締まっていて退出のみ開けてくれるのだが 今やっとここに来たと言うペルー人らしきオヤジさんが 入れてくれと交渉していた。 残念なことに駄目駄目! と軽くあしらわれてオジサンは哀しげに引っ込んだ。
すぐその後に小学生と思われる一団が登場 なんで今頃? と思うが他を見学していて遅くなったのだろう。子供には弱いのか今度は少しゲートを空け子供達を中に入れていた この集団には広場だけ見せていたようで階段を上がって遺跡の上部に移動して行かないようだった。 ゲートの外では入場の時出ていた屋台のお店が店じまいを始めている。
せっかくだから 見たかったが それも今はもう遅いようだ。
先ほど進んできた石畳を抜け アルマス広場に出て片隅の青空市場でインディへナのお店を見るが ここも夜のとばりが迫ってきていて 目を凝らさないと 何を売っているのか判らい。
本当に時間が欲しい 今まで移動中にあった他国旅行者が羨ましい!一様に2週間以上の日程で動いている。
何時の日にか日本にも そんな空気が流れるのだろうか。
道端で売っているアンティクーチョを1本s/1食べた後 広場にあった小さなレストラン(PUKA RUMI)でアボガドサンド&クスケーニャ(ビール)で夕食とした。

しか〜し!ここのウェイトレス態度が悪い! 面倒くさそうに
オーダーを取る(-.-) 無言でビールを出す(--;) サンドイッチはオーナーらしき料理人が運んできたが はるかに対応が良い!
冷えてないクスケーニャが余計不満を募らせ「お前 金貰っているのだろ?」と笑いながら日本語で文句を言っておいた(~_~メ) 反省したことだろう!! (無理 無理)
食事後名残惜しいこの村の景色(レストランはもういいけど!)に別れを告げ 広場の片隅で客待ち中のモトタクシーを使ってホテルに戻った。
疲れた〜〜〜!今日も長い移動の一日だったな。リマ>クスコ>オリャンタイタンボ
アウトバスのシャワーを使い(お湯が温かかった・・)NOKIAの携帯でMP3を聞きながら。
南米に来て 初めてのゆっくりとベッドに寝転がった。
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出発から1時間半後に約88kmの道を走りオリャンの村(http://www.ollantaytambo.org/es/)に到着。
インカ時代から続く村 オリャンタイタンボは昔からの息使いを感じる良い雰囲気の村! 素晴らしい家並み。
道端にはクスコからの日帰り観光バスが何台か駐車されアルマス広場の周りには多数の観光客もいるようだ。
自分の体調の方は移動中車内で休むことが出来たし、標高が下がって空気も濃くなったのだろう結構回復した!>^_^<
運転手のパンチョに「ホテルは EL Albergueにしようと思っているからとりあえず駅に行ってくれ」と頼むと「予約は入れてあるのか?」と聞いてくる。 予約など無いのでとりあえず「いや ただそこが希望だから・・ネ」 すると「なんだ 俺が知っている良いホテルがある」と始まった・・(~_~メ)またマージンか〜? (違ったらゴメンね・・ でもそうでしょ??^^;)
『駅が近いから朝がゆっくりできる』 とか 『空きが無ければ パンチョのお勧めに行く』 とか適当に言ってEL Albergue(http://www.rumbosperu.com/elalbergue/)に向わせる。
駅はだいぶアルマス広場から離れているし道はガタガタの土道だ。ゆっくりゆっくりTAXIは駅に向って走った。
道のどんづまりにある駅の入り口にはモトタクシーが何台か待機しているのが見える。
この駅の入り口にTAXIを停めてもらい駅構内を通ってホテルに入り空き部屋を聞いて見ると。
ありましたお部屋が! 良かった・・・ パンチョとは握手をして「明後日ウルバンバで会おうね〜」と別れた。

いいホテルだ オシャレ! 駅に近いので明日ゆっくり寝ようとここにしたがこれほど いい感じとは・・感動!
ネットで探した他のホテルとは同価格帯か いくぶん安いし

荷物を解きベッドに少し横になった後オリャンタイタンボ遺跡に向かう事にした。
駅前のモトタクシーに声をかけ料金を聞くと1名単位の料金でs/1(34円)
値切る値段単位じゃないように思えるので了承して乗り込む。
駅からの土道をガタガタとモトタクシーは揺れにゆれながら広場まで走った。(良いな〜旅先の乗り物って!)
すれ違うモトタクシーは東南アジアで見る超満員状態走行と言うことは無く文化の違いを感じた。
アルマス広場手前で降りてオリャンタイタンボ遺跡の入り口へと歩いたが ここらあたりになると道は石畳になり とてもいい感じの村である。
すでに時間は4時になっているので夕暮れまでに時間は無い 出来ればゆっくり
この村の 路地 子供を写真に撮って回りたい所であるが・・・・・・・・んん・・・・・・・・・・・
サクラバレーレイルの事務所め・・・(-_-;) 時間の無いジャパニーズツーリストの悲しさかな(~_~)。
出店のお土産屋の脇を通り抜け オリャンタイタンボのゲートで入場料を購入しようと聞くと、周りの遺跡とセットの入場券を進められるが そんな時間も無いので オリャンのみの入場券を出してもらう。S/20(700円)

ハッ ハッ ハッ〜 息が切れる クスコより標高で600mも低いけど 強行軍でここまで来るとさすがに辛い(>_<)
(オリャンタイタンボにあるオリャンタイタンボ遺跡は、スペイン軍に反旗を翻したマンコ・カパック2世軍の戦場であり、そのマンコがスペイン軍に楯突いた際に立てこもった城です。すでに末期症状のインカ帝国軍の反乱はささやかな抵抗でしかなく、後に彼らはさらに奥地のビルカバンバに退きました。)
何とか見晴らしの良い所まで上がり村を見下ろしていると なんと私に一目ぼれしたのかペルー人の女子中学生達が「一緒に写真を撮らせてくれ」と言って来た。
セニョーリータそんなにあせらなくても 順番順番!
実際の所 ただ単に日本人が珍しかったようで・・・・・ (各地で 声をかけられることが多々あった。)
夕暮れがオリャンの谷を包み始めたので先ほど来た階段を降り、出口付近でs/1のトイレを使い退場。
すでにゲートは締まっていて退出のみ開けてくれるのだが 今やっとここに来たと言うペルー人らしきオヤジさんが 入れてくれと交渉していた。 残念なことに駄目駄目! と軽くあしらわれてオジサンは哀しげに引っ込んだ。
すぐその後に小学生と思われる一団が登場 なんで今頃? と思うが他を見学していて遅くなったのだろう。子供には弱いのか今度は少しゲートを空け子供達を中に入れていた この集団には広場だけ見せていたようで階段を上がって遺跡の上部に移動して行かないようだった。 ゲートの外では入場の時出ていた屋台のお店が店じまいを始めている。
せっかくだから 見たかったが それも今はもう遅いようだ。
先ほど進んできた石畳を抜け アルマス広場に出て片隅の青空市場でインディへナのお店を見るが ここも夜のとばりが迫ってきていて 目を凝らさないと 何を売っているのか判らい。
本当に時間が欲しい 今まで移動中にあった他国旅行者が羨ましい!一様に2週間以上の日程で動いている。
何時の日にか日本にも そんな空気が流れるのだろうか。
道端で売っているアンティクーチョを1本s/1食べた後 広場にあった小さなレストラン(PUKA RUMI)でアボガドサンド&クスケーニャ(ビール)で夕食とした。

しか〜し!ここのウェイトレス態度が悪い! 面倒くさそうに
オーダーを取る(-.-) 無言でビールを出す(--;) サンドイッチはオーナーらしき料理人が運んできたが はるかに対応が良い!
冷えてないクスケーニャが余計不満を募らせ「お前 金貰っているのだろ?」と笑いながら日本語で文句を言っておいた(~_~メ) 反省したことだろう!! (無理 無理)
食事後名残惜しいこの村の景色(レストランはもういいけど!)に別れを告げ 広場の片隅で客待ち中のモトタクシーを使ってホテルに戻った。
疲れた〜〜〜!今日も長い移動の一日だったな。リマ>クスコ>オリャンタイタンボ
アウトバスのシャワーを使い(お湯が温かかった・・)NOKIAの携帯でMP3を聞きながら。
南米に来て 初めてのゆっくりとベッドに寝転がった。
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マチュピチュまでの道(7)
Peru(7)
チケットを受け取るまで時間があるので近くのおでアイスを購入。

ルックマのアイスs/2だ 普通のカップなら s/1だったが
コーンにしてs/2 おつりがでる金額で渡したが おつりが返ってくる 雰囲気が無い・・
少々相手の雰囲気を見つつ 「これって s/2 だよね?」 と作ってくれた お姉ちゃんに言って見たら<あれ〜っ>て 顔して おつりが出てきた。
いやはや(*_*) 今回はホントかどうか判ないけど確信犯の匂いがぷんぷん!これからまだあるな〜
2時間少し前 事務所に戻り チケットを待つことに しかし担当の彼女なにやら 電話して 10分待てと・・ と その時 中にいた 男性スタッフが US$を握って急いで外に出た・・。彼か??
そう思いながら 10分 ・・15分 30分・・ そこで責任者らしきおばちゃんが また同じようにホテル何処?持ってくから・・ あれ〜・・ 違うって・・ と経緯を話していると
35分たった時 先ほどの彼が チケットを握って 息切らして帰ってきた・・ やっぱな〜〜〜・・
それにしても ペルーレイルのチケットなのだからペルーレイルの発券所でも買えるようにしろよな!
(*注 マチュピチュに行く列車は 今まではクスコ〜オリャンタイタンボ〜アグアスカリエンテスのペルーレイルだけだったが・・昨今 廃線になっていた ウルバンバ〜オリャンタイタンボ~アグアスカリエンテスが走り出した。
またこのレールに限って サクラバレーレイルが運行し 発券もこのサクラバレーレイルですると言う・・
どう見ても実際は ペルーレイルが運行 発券しているのだが 表向きの体裁は別らしい だからこの めんどくさいシステムに乗っとって予約購入する必要がある・・・でも HPはペルーレイル上に表記され おんぶに抱っこ・・
予約してみてはじめて判るシステム 日本でもほとんど知られていなく ネットで情報を集めたが まったくこれについては 見当たらなかった。
買えただけでもラッキーと思うしかない。 スーパーで水 パン・・明日の朝ご飯用の食品を購入後 食事をするために プカラ(日本人経営レストランに)で 食事。
(アンティクーチョMIX)と(お勧めランチ)を食べた 味は日本人に馴染み易いお味のようで 美味しくいただけた。

ニカーシオと約束した時間より1時間遅れて AMARU Hotelに戻り
すでに待っていたTAXIに二カーシオと乗り込む。『遅刻してすみませ〜〜ん』
TAXIでは運転手のパンチョが紹介され ウルバンバからの帰りのTAXIのこと聞かれた。
勿論どうするか考えてなかったので 値段を聞いたら・・・
スペイン語で パンチョとコソコソと・・ なにやらシンクエンタ・・と彼は言っている・・(@_@3 。。聞いちゃったよで ニカーシオはこちらを振り向き セブンティ ソル と言う(笑・・)
あ〜た! ばれているって・・・ もう値切れないし しょうがないかな〜 なんて 思っていると・・
『先にデポジットs/20くれ』 と言う・・・ そして 運転手を指差し 彼はGOOD ドライバーで
セイフティーだから 安心しろと言う・・ もうここまで来ると可愛いと言うか なんと言うか・・
しかし この帰りのTAXIが後で少し問題を起こす・・が。
車はクスコ市内を出て 急坂をどんどん坂を登りポロイを過ぎ 今度はだらだらと坂を下っていった・・本当に良く下る。
やはり強行軍だったか 体調が悪くなってきた。 少し気持悪いし 頭も重い・・
運転手は 途中観光案内してやるというのだが・・・ ウルバンバで何かの女性の像を見ただけで あとは NO グラシャスにした・・。

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チケットを受け取るまで時間があるので近くのおでアイスを購入。

ルックマのアイスs/2だ 普通のカップなら s/1だったが
コーンにしてs/2 おつりがでる金額で渡したが おつりが返ってくる 雰囲気が無い・・
少々相手の雰囲気を見つつ 「これって s/2 だよね?」 と作ってくれた お姉ちゃんに言って見たら<あれ〜っ>て 顔して おつりが出てきた。
いやはや(*_*) 今回はホントかどうか判ないけど確信犯の匂いがぷんぷん!これからまだあるな〜
2時間少し前 事務所に戻り チケットを待つことに しかし担当の彼女なにやら 電話して 10分待てと・・ と その時 中にいた 男性スタッフが US$を握って急いで外に出た・・。彼か??
そう思いながら 10分 ・・15分 30分・・ そこで責任者らしきおばちゃんが また同じようにホテル何処?持ってくから・・ あれ〜・・ 違うって・・ と経緯を話していると
35分たった時 先ほどの彼が チケットを握って 息切らして帰ってきた・・ やっぱな〜〜〜・・
それにしても ペルーレイルのチケットなのだからペルーレイルの発券所でも買えるようにしろよな!
(*注 マチュピチュに行く列車は 今まではクスコ〜オリャンタイタンボ〜アグアスカリエンテスのペルーレイルだけだったが・・昨今 廃線になっていた ウルバンバ〜オリャンタイタンボ~アグアスカリエンテスが走り出した。
またこのレールに限って サクラバレーレイルが運行し 発券もこのサクラバレーレイルですると言う・・
どう見ても実際は ペルーレイルが運行 発券しているのだが 表向きの体裁は別らしい だからこの めんどくさいシステムに乗っとって予約購入する必要がある・・・でも HPはペルーレイル上に表記され おんぶに抱っこ・・
予約してみてはじめて判るシステム 日本でもほとんど知られていなく ネットで情報を集めたが まったくこれについては 見当たらなかった。
買えただけでもラッキーと思うしかない。 スーパーで水 パン・・明日の朝ご飯用の食品を購入後 食事をするために プカラ(日本人経営レストランに)で 食事。
(アンティクーチョMIX)と(お勧めランチ)を食べた 味は日本人に馴染み易いお味のようで 美味しくいただけた。

ニカーシオと約束した時間より1時間遅れて AMARU Hotelに戻り
すでに待っていたTAXIに二カーシオと乗り込む。『遅刻してすみませ〜〜ん』
TAXIでは運転手のパンチョが紹介され ウルバンバからの帰りのTAXIのこと聞かれた。
勿論どうするか考えてなかったので 値段を聞いたら・・・
スペイン語で パンチョとコソコソと・・ なにやらシンクエンタ・・と彼は言っている・・(@_@3 。。聞いちゃったよで ニカーシオはこちらを振り向き セブンティ ソル と言う(笑・・)
あ〜た! ばれているって・・・ もう値切れないし しょうがないかな〜 なんて 思っていると・・
『先にデポジットs/20くれ』 と言う・・・ そして 運転手を指差し 彼はGOOD ドライバーで
セイフティーだから 安心しろと言う・・ もうここまで来ると可愛いと言うか なんと言うか・・
しかし この帰りのTAXIが後で少し問題を起こす・・が。
車はクスコ市内を出て 急坂をどんどん坂を登りポロイを過ぎ 今度はだらだらと坂を下っていった・・本当に良く下る。
やはり強行軍だったか 体調が悪くなってきた。 少し気持悪いし 頭も重い・・
運転手は 途中観光案内してやるというのだが・・・ ウルバンバで何かの女性の像を見ただけで あとは NO グラシャスにした・・。

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マチュピチュまでの道(6)
Peru(6)

空港出口を緊張して覗くが予想の他 客引きが少ない
(後に何処に行ってもこの客引きの少なさに少し困ることになる)
メールで予約したAMARUホテルからの迎えを探すと出口を出てすぐ左に いたいた >^_^<。
(クスコでの宿泊はマチュピチュの帰りに泊まることになっている。
今日はクスコの先のオリャイタイタンボまで行くのだ。
ホテルには マチュピチュからの帰りまで 荷物を預けるためだけに立ち寄る。。。
しかし ホテル側は 荷物の預かりだけではなく 無料で空港まで出迎えると申し出てくれた
感謝感謝!!)
出迎えはオッサンで 名前はニカーシオ・・少し想像していたが 送迎には普通のTAXIが使われていた。
街中を走るTAXI 見るもの全てが南米だ・・ インディへナのおばちゃんが 普通に要る・・すげ〜〜。
街の中心部に近づくと 道は凄く狭くなり 普通乗用車1台やっとやっと… 到着したAMARU Hotelの前道も一方通行の狭い道だ。
そしてこの道を50mも進めば12角の岩 そしてアルマス広場に繋がっている・・
始めてみる南米地方都市の町並み う〜ん 最高 >^_^<

ホテルのレセプションで宿泊表を受け取り ニカーシオに別のロビーに導かれ ここで記入
続いてツアーの売込みを受ける・・??? あれ やっぱあんたホテルの人じゃないでしょ 途中で感じていたけど・・
やっぱりホテル付の旅行業者だったのね・・ ホテルは送迎を業者にさせているのね。
ニカーシオの売り込みは まったく強引でもなく 嫌な感じは受けない 上手いねオジサン!
好感が持てる人だ・・ むさいけど・・・ で 少し耳を傾けると プーノまでの観光バスが 日系旅行会社の西河トラベルより$10も安い・・ これいいね〜 彼に頼もうかな??(実際頼んだ・・)
また 今日宿泊予定のオリャンタイタンボまでの道のりを聞いてみたら TAXIを進められ(マージン取るんだろうな・・・この場合)
値段はs/80(2700円)と言う 適正なのか少し考えたが 他に聞く人もいないし・・
実は 長旅で微妙に思考力が鈍っている・・・また 疲れてだるい・・・ ちょっとヤバイ・・。
今の状態で 初めてのコレクティーボは自信がなかった タクシーで乗り場まで移動して コレクティーボでウルバンバ 乗り換えて オリャンタイタンボ 途中で荷物盗まれる人がいるというし 3時間〜4時間の道のり料金は安くて TAXI代も入れて s/8~(約270円)だろう・・
でも10倍とはいえ 半分以下の時間でつくし 直行TAXIなら オリャンタイタンボ遺跡の見学時間が作れると頼むことにする。

ホテルに荷物を預け 外出 十二角の岩などを見た後 アルマス広場でノビノビ・・次に コリンカンチャのところにあるサクラバレーレイルの事務所にチケットを受け取りに行くことにした。
しかし というか あきれると言うか。。。。。。
メールで確認したにもかかわらず用意できないので 今日泊まるホテルに届ける と言う (^_^メ)・・ でた〜・・・
こちらは 「駄目駄目・・ メールで言ったでしょ それに今日はオリャンまで行くし ホテルは決めて無いし」とここでの発券をお願いした。
担当のお姉ちゃんは 外人特有の表情を示しあちこち電話・・ 2時間後にもう一度来れば用意すると約束してくれた 危ないとは思いつつ・・これに応じるしかないようだ。
2時間あるし・・ ぷらぷらとワンチャック駅に向かい散歩.
駅近くで見つけたおみやげ物メルカドらしき所で 値段を聞いて回った (表示価格はまったくなし 全て言い値で交渉)今後の値段参考のために一応買わないくせに 少し交渉もしてみりして売店のオバチャンと会話を楽しんだ。
で またもや おしっこ・・・ 公衆有料トイレでs/1払いオシッコ・・。
ここで先ほども見かけた靴磨きのガキに再会 可愛い・・ 今度会ったら 磨かせてやるかな??
途中小さなお店で水900ml s/1.5 コカキャンディーs/3を購入して 街並みを見ながら散歩。
事務所付近に戻ると日本人女性3名が外から覗覗いている・ どうも予約は持っていない様子で 良くわからないがマチュピチュレイル というのに引っかかったらしい・・ 多分HPも知らないんだろうな〜・・

少し親切心?から話そうと思ったが 少し目を離したら 居なくなっていた・・。
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空港出口を緊張して覗くが予想の他 客引きが少ない
(後に何処に行ってもこの客引きの少なさに少し困ることになる)
メールで予約したAMARUホテルからの迎えを探すと出口を出てすぐ左に いたいた >^_^<。
(クスコでの宿泊はマチュピチュの帰りに泊まることになっている。
今日はクスコの先のオリャイタイタンボまで行くのだ。
ホテルには マチュピチュからの帰りまで 荷物を預けるためだけに立ち寄る。。。
しかし ホテル側は 荷物の預かりだけではなく 無料で空港まで出迎えると申し出てくれた
感謝感謝!!)
出迎えはオッサンで 名前はニカーシオ・・少し想像していたが 送迎には普通のTAXIが使われていた。
街中を走るTAXI 見るもの全てが南米だ・・ インディへナのおばちゃんが 普通に要る・・すげ〜〜。
街の中心部に近づくと 道は凄く狭くなり 普通乗用車1台やっとやっと… 到着したAMARU Hotelの前道も一方通行の狭い道だ。
そしてこの道を50mも進めば12角の岩 そしてアルマス広場に繋がっている・・
始めてみる南米地方都市の町並み う〜ん 最高 >^_^<

ホテルのレセプションで宿泊表を受け取り ニカーシオに別のロビーに導かれ ここで記入
続いてツアーの売込みを受ける・・??? あれ やっぱあんたホテルの人じゃないでしょ 途中で感じていたけど・・
やっぱりホテル付の旅行業者だったのね・・ ホテルは送迎を業者にさせているのね。
ニカーシオの売り込みは まったく強引でもなく 嫌な感じは受けない 上手いねオジサン!
好感が持てる人だ・・ むさいけど・・・ で 少し耳を傾けると プーノまでの観光バスが 日系旅行会社の西河トラベルより$10も安い・・ これいいね〜 彼に頼もうかな??(実際頼んだ・・)
また 今日宿泊予定のオリャンタイタンボまでの道のりを聞いてみたら TAXIを進められ(マージン取るんだろうな・・・この場合)
値段はs/80(2700円)と言う 適正なのか少し考えたが 他に聞く人もいないし・・
実は 長旅で微妙に思考力が鈍っている・・・また 疲れてだるい・・・ ちょっとヤバイ・・。
今の状態で 初めてのコレクティーボは自信がなかった タクシーで乗り場まで移動して コレクティーボでウルバンバ 乗り換えて オリャンタイタンボ 途中で荷物盗まれる人がいるというし 3時間〜4時間の道のり料金は安くて TAXI代も入れて s/8~(約270円)だろう・・
でも10倍とはいえ 半分以下の時間でつくし 直行TAXIなら オリャンタイタンボ遺跡の見学時間が作れると頼むことにする。

ホテルに荷物を預け 外出 十二角の岩などを見た後 アルマス広場でノビノビ・・次に コリンカンチャのところにあるサクラバレーレイルの事務所にチケットを受け取りに行くことにした。
しかし というか あきれると言うか。。。。。。
メールで確認したにもかかわらず用意できないので 今日泊まるホテルに届ける と言う (^_^メ)・・ でた〜・・・
こちらは 「駄目駄目・・ メールで言ったでしょ それに今日はオリャンまで行くし ホテルは決めて無いし」とここでの発券をお願いした。
担当のお姉ちゃんは 外人特有の表情を示しあちこち電話・・ 2時間後にもう一度来れば用意すると約束してくれた 危ないとは思いつつ・・これに応じるしかないようだ。
2時間あるし・・ ぷらぷらとワンチャック駅に向かい散歩.
駅近くで見つけたおみやげ物メルカドらしき所で 値段を聞いて回った (表示価格はまったくなし 全て言い値で交渉)今後の値段参考のために一応買わないくせに 少し交渉もしてみりして売店のオバチャンと会話を楽しんだ。
で またもや おしっこ・・・ 公衆有料トイレでs/1払いオシッコ・・。
ここで先ほども見かけた靴磨きのガキに再会 可愛い・・ 今度会ったら 磨かせてやるかな??
途中小さなお店で水900ml s/1.5 コカキャンディーs/3を購入して 街並みを見ながら散歩。
事務所付近に戻ると日本人女性3名が外から覗覗いている・ どうも予約は持っていない様子で 良くわからないがマチュピチュレイル というのに引っかかったらしい・・ 多分HPも知らないんだろうな〜・・

少し親切心?から話そうと思ったが 少し目を離したら 居なくなっていた・・。
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マチュピチュまでの道(5)
Peru(5)
リマにある日系ペンション当山で一晩を過ごし 朝4時に
眠れたような眠れないようなボーとした頭で起床(~o~)
カフェにある 初めてのコカ茶で一服
は〜〜〜(*_*)
4時半前には 送迎のTAXIで空港に向かった。
ボ〜〜ッとしているな・・ (*_*) 時差ぼけ? 疲れ??

空港で空港利用税を払い ゲートで ぼけ〜〜〜
と出発を待つが・・ あれ・・今何時だっけ??・・
まだかな・・ なんか アナウンスが流れ 俺の名前言ってる・・え??
どうやらゲート変更があったのが判らず 変更前のゲートに座っていたらしい 丁度職員が名前の確認に来た。
あ・・俺だ 飛行機までのバスに急いで乗ると
もう一人客が乗り込んできた
良かった・・俺だけじゃない!
乗り込んだ飛行機は一杯! 俺たちを待っていたようだ。
こうやって 数時間滞在のLimaを旅立った。

ボーング737の右側の席からは時折アンデスの山々が見える。
雪をかぶったアンデスは 勿論初めて見るわけで 何かしら 感動を覚えた。
このフライトでは サンドイッチが出されたが 食欲がないので バックに 直行。
次第に高度が下り 地上が見えると ネットなどで見た 赤茶けた 大地に 山・・
そして 赤い屋根の家\(~o~)/ ついたのだ やっと クスコに・・・。
着陸後 朝飲んだダイアモックス(高山病予防薬)の副作用か
Limaでしたのに もうトイレに行きたい・・
トイレには結構人が並んでいる 皆薬飲んでいるのかな???

到着ロビーに移ると 噂どおりフォルクローレ
を奏でるバンドが入っていた。 ん〜〜〜 ついちゃたね・・・クスコ・・・

↑クスコ空港の外
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リマにある日系ペンション当山で一晩を過ごし 朝4時に
眠れたような眠れないようなボーとした頭で起床(~o~)
カフェにある 初めてのコカ茶で一服
は〜〜〜(*_*)
4時半前には 送迎のTAXIで空港に向かった。
ボ〜〜ッとしているな・・ (*_*) 時差ぼけ? 疲れ??

空港で空港利用税を払い ゲートで ぼけ〜〜〜
と出発を待つが・・ あれ・・今何時だっけ??・・
まだかな・・ なんか アナウンスが流れ 俺の名前言ってる・・え??
どうやらゲート変更があったのが判らず 変更前のゲートに座っていたらしい 丁度職員が名前の確認に来た。
あ・・俺だ 飛行機までのバスに急いで乗ると
もう一人客が乗り込んできた
良かった・・俺だけじゃない!
乗り込んだ飛行機は一杯! 俺たちを待っていたようだ。
こうやって 数時間滞在のLimaを旅立った。

ボーング737の右側の席からは時折アンデスの山々が見える。
雪をかぶったアンデスは 勿論初めて見るわけで 何かしら 感動を覚えた。
このフライトでは サンドイッチが出されたが 食欲がないので バックに 直行。
次第に高度が下り 地上が見えると ネットなどで見た 赤茶けた 大地に 山・・
そして 赤い屋根の家\(~o~)/ ついたのだ やっと クスコに・・・。
着陸後 朝飲んだダイアモックス(高山病予防薬)の副作用か
Limaでしたのに もうトイレに行きたい・・
トイレには結構人が並んでいる 皆薬飲んでいるのかな???

到着ロビーに移ると 噂どおりフォルクローレ
を奏でるバンドが入っていた。 ん〜〜〜 ついちゃたね・・・クスコ・・・

↑クスコ空港の外
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マチュピチュまでの道(4)
Peru(4)

アトランタでのトランジットで 指示どおり待合ゲートにたどり着くと
まだ時間が早いのかあまり人がいなかった。
空いている席につきチケットのチェックをしていると目の前に欧米系白色人種がキョロキョロしながら着席。 彼はやたら目に付く! (@_@)
そわそわ キョロキョロ・・ テロリストか?こいつ(-_-;)・・・
白人のアルカイダ? それともイラク戦争に反対する
反体制勢力の鉄砲玉? 額に汗まで浮かべている!
【駄目だって・・】 俺の乗る飛行機で 悪さしちゃ(>_<)
ついに彼は決心したように こちらを向き話し掛けてきた。
【す・・すいません ここでLIMA行きは 良いのですか〜?
(英語だけど)」 はぁ? なんじゃいそりゃ・・テロリストじゃないのね?
サッカーのトッティー顔のお兄ちゃん・・・
俺と同じく 南米は初めてらしく 英語も得意じゃない上に
スペイン語はまるっきり駄目で不安らしい。
彼との境遇に親近感を覚え やさしく「君は間違ってないよ!
ここで待っていなさい もうすぐやさしい航空職員のお姉さんが
登場のアナウンスしてくれるからね!」って諭してあげました。
それをきっかけに これからの旅のことを彼と少し話したところ。
彼の家は貧しくて 南米に出稼ぎに行ったお母さんからの仕送りが途切れ ついには 連絡も無くなったので 探しに行く
・・・・マルコ〜〜(T_T)・・・・・・・
なんてことはまったく無く スペイン周りで旅行している友人と
Limaで合流して ペルー&ボリビアを1ヶ月間回るそうだ。
結構やさしい子で 今日のLimaの宿まで心配してくれた。
「治安悪いから ホテルが無いとヤバイよ~!」
「ふらふらしていると 首しめられて(*首しめ強盗)
身包み剥がされて ポイされちゃうよ〜〜!」って
ウィ! アイ ノー グラシャス アイ ハブ レセルバ
オテルアビタシオ〜〜ン と伝えておいた。

そんなこんな妄想と現実が入り乱れ、眠たい頭が暴走を始めようとしていた時 アナウンスが流れ搭乗が始まった。
お兄ちゃんとは席が遠いので ゲートで アディオース! (~o~)
このフライトでビックらこいたことが2つ(@_@)V
少しむかついたことが2つあった(@_@)V
びっくりしたのは 英語 スペイン語に続いて 日本語のアナウンスが流れたこと!
どう見ても日本人は2名しかいないと思ったのに。
(眼鏡かけたやせた女性で お~い お茶のペットボトル持っていたから 多分日本人・・)
すげ〜な デルタ(アトランターリマ路線!)
もう一つ驚いたのが 南米系のオバチャン達のすごさ!
扉閉まる前から 凄い勢いで席移動して楽な格好を確保すること!
これにかけては 自信あった俺が まったくのノックアウトだった・・(・・;)。

むかついたことは とりあえず 飯がまずい・・ どうして?
というほど 変な香辛料・・。ほとんど手をつけられない。
パン と 少しの肉片を舐めるぐらい サラダも残したぐらいだ。
あと 隣に座ったポーランド人! テメーだ!! 最初はいい人?
らしかったので 気にもしないで 席も移らなかったのだが
2時間後から鼾はかくし 体がデカイ上に隣の奥さんを抱いて寝るわで はみ出す はみ出す!席も移れない状況で 押し返しても押しても反応無し! 頭来たので持っていたボールペンで シャツとズボンにいたずら書き・・
天誅である 貴方の神に変わって成敗しちゃル!
彼らも3時間ほどすると起きたようで それからは反省したのか 俺に気を使っていた・・
逆にふんぞり返って 残り3時間のフライトを終了。
長い長いフライトはここLimaに終焉を追えたのだった。
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アトランタでのトランジットで 指示どおり待合ゲートにたどり着くと
まだ時間が早いのかあまり人がいなかった。
空いている席につきチケットのチェックをしていると目の前に欧米系白色人種がキョロキョロしながら着席。 彼はやたら目に付く! (@_@)
そわそわ キョロキョロ・・ テロリストか?こいつ(-_-;)・・・
白人のアルカイダ? それともイラク戦争に反対する
反体制勢力の鉄砲玉? 額に汗まで浮かべている!
【駄目だって・・】 俺の乗る飛行機で 悪さしちゃ(>_<)
ついに彼は決心したように こちらを向き話し掛けてきた。
【す・・すいません ここでLIMA行きは 良いのですか〜?
(英語だけど)」 はぁ? なんじゃいそりゃ・・テロリストじゃないのね?
サッカーのトッティー顔のお兄ちゃん・・・
俺と同じく 南米は初めてらしく 英語も得意じゃない上に
スペイン語はまるっきり駄目で不安らしい。
彼との境遇に親近感を覚え やさしく「君は間違ってないよ!
ここで待っていなさい もうすぐやさしい航空職員のお姉さんが
登場のアナウンスしてくれるからね!」って諭してあげました。
それをきっかけに これからの旅のことを彼と少し話したところ。
彼の家は貧しくて 南米に出稼ぎに行ったお母さんからの仕送りが途切れ ついには 連絡も無くなったので 探しに行く
・・・・マルコ〜〜(T_T)・・・・・・・
なんてことはまったく無く スペイン周りで旅行している友人と
Limaで合流して ペルー&ボリビアを1ヶ月間回るそうだ。
結構やさしい子で 今日のLimaの宿まで心配してくれた。
「治安悪いから ホテルが無いとヤバイよ~!」
「ふらふらしていると 首しめられて(*首しめ強盗)
身包み剥がされて ポイされちゃうよ〜〜!」って
ウィ! アイ ノー グラシャス アイ ハブ レセルバ
オテルアビタシオ〜〜ン と伝えておいた。

そんなこんな妄想と現実が入り乱れ、眠たい頭が暴走を始めようとしていた時 アナウンスが流れ搭乗が始まった。
お兄ちゃんとは席が遠いので ゲートで アディオース! (~o~)
このフライトでビックらこいたことが2つ(@_@)V
少しむかついたことが2つあった(@_@)V
びっくりしたのは 英語 スペイン語に続いて 日本語のアナウンスが流れたこと!
どう見ても日本人は2名しかいないと思ったのに。
(眼鏡かけたやせた女性で お~い お茶のペットボトル持っていたから 多分日本人・・)
すげ〜な デルタ(アトランターリマ路線!)
もう一つ驚いたのが 南米系のオバチャン達のすごさ!
扉閉まる前から 凄い勢いで席移動して楽な格好を確保すること!
これにかけては 自信あった俺が まったくのノックアウトだった・・(・・;)。

むかついたことは とりあえず 飯がまずい・・ どうして?
というほど 変な香辛料・・。ほとんど手をつけられない。
パン と 少しの肉片を舐めるぐらい サラダも残したぐらいだ。
あと 隣に座ったポーランド人! テメーだ!! 最初はいい人?
らしかったので 気にもしないで 席も移らなかったのだが
2時間後から鼾はかくし 体がデカイ上に隣の奥さんを抱いて寝るわで はみ出す はみ出す!席も移れない状況で 押し返しても押しても反応無し! 頭来たので持っていたボールペンで シャツとズボンにいたずら書き・・
天誅である 貴方の神に変わって成敗しちゃル!
彼らも3時間ほどすると起きたようで それからは反省したのか 俺に気を使っていた・・
逆にふんぞり返って 残り3時間のフライトを終了。
長い長いフライトはここLimaに終焉を追えたのだった。
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マチュピチュまでの道(3)
Peru(3)

今回ペルーに行くために今回選んだデルタエアラインは 昨今の航空不況下 ビールなどアルコール関係1つ$5と言う暴挙に出た会社である。
一部には『ただ酒だ〜!』と言って飲みまくり 挙句はスッチーにからんで拘束されるなどと言った困ったチャンがでないので、断然お気に入りよ! という人もいるだろうが・・
酒好きにはまことに辛い!何とかお安く提供願えないだろうか??

機内では4本ほどの映画が流されていたが その中の2作はすでに見ていたので やることがなく 牛舎に繋がれた牛状態である
「これが人間的な営みか!」と言いたいが
『じゃあビジネスクラスに替えてやるからカードにサインしな!』
とフライトアテンダント言われたら困る。
『いやいや・・フライトアテンダント様 只の気の迷いでございます
m(__)m お金ないから黙って静かにここに座っていますって!』
ドリンクサービスの時配られる小袋入りのピーナツはトイレの隙に多少盗むけど・・(;_;)
長いフライトの後やっとアメリカ到着 そして入国
何で乗換えなのに入国しなきゃなんないの!
入国税も取られるし・・・・・だからアメリカ嫌われる!
一時間以上入国の長い列に並ばされ 指紋 顔写真をとられた後
簡単な質問がなされた。 「何処行くの?」 Lima 「へぇ〜 良いね〜」 で 終わり・・。
『ケッ 世界の警察官アメリカさんよもう少し何とかなんないのかい!』と小声で毒を吐いてみた あくまで小声でだけど・・・。
ここで驚いたのが日本人通訳の活躍である あちこちの入国ブースから 声がかかり大忙し・・
並んでいるのは日本人の方がはるかに少ないのに入国審査を
自力で抜けられない人がこれほど多いとは(~_~メ)
皆 頑張ろうな〜! それにしても どこか間違っているのだろうな 日本の戦後英語教育。

出発ゲートがある建物に移動した後 再度フライト前の荷物検査がなされる!靴脱がされ ジャンバーも脱がされ (*_*) 虐待だ・・・体重を計られた後・・ ノートPCは単体でX線を通された!!
フ.フ.フ.・・・ばれなかったな!
実はカミソリの刃を ノートPCに仕込んだのだ!
俺がテロリストだったら どうすんだ〜〜 もしこのナイフで機長を脅し 亡命したら どうすんだ〜〜!
アトランタの 荷物検査係の態度悪いオババ! 良く覚えておけ! お前のような奴がいるからアメリカ人は嫌われんだぞ〜〜〜!
京都議定書に著名を拒否し 世界の石油資源の40%を消費し鯨の保護だけはムキニなる
『ばぅかも〜〜〜〜ん! もう USAなんか旅行してやんないかんね〜〜〜』だ!
あ。。。。。でも 南米行くとき通過はさせてね・・お願い
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今回ペルーに行くために今回選んだデルタエアラインは 昨今の航空不況下 ビールなどアルコール関係1つ$5と言う暴挙に出た会社である。
一部には『ただ酒だ〜!』と言って飲みまくり 挙句はスッチーにからんで拘束されるなどと言った困ったチャンがでないので、断然お気に入りよ! という人もいるだろうが・・
酒好きにはまことに辛い!何とかお安く提供願えないだろうか??

機内では4本ほどの映画が流されていたが その中の2作はすでに見ていたので やることがなく 牛舎に繋がれた牛状態である
「これが人間的な営みか!」と言いたいが
『じゃあビジネスクラスに替えてやるからカードにサインしな!』
とフライトアテンダント言われたら困る。
『いやいや・・フライトアテンダント様 只の気の迷いでございます
m(__)m お金ないから黙って静かにここに座っていますって!』
ドリンクサービスの時配られる小袋入りのピーナツはトイレの隙に多少盗むけど・・(;_;)
長いフライトの後やっとアメリカ到着 そして入国
何で乗換えなのに入国しなきゃなんないの!
入国税も取られるし・・・・・だからアメリカ嫌われる!
一時間以上入国の長い列に並ばされ 指紋 顔写真をとられた後
簡単な質問がなされた。 「何処行くの?」 Lima 「へぇ〜 良いね〜」 で 終わり・・。
『ケッ 世界の警察官アメリカさんよもう少し何とかなんないのかい!』と小声で毒を吐いてみた あくまで小声でだけど・・・。
ここで驚いたのが日本人通訳の活躍である あちこちの入国ブースから 声がかかり大忙し・・
並んでいるのは日本人の方がはるかに少ないのに入国審査を
自力で抜けられない人がこれほど多いとは(~_~メ)
皆 頑張ろうな〜! それにしても どこか間違っているのだろうな 日本の戦後英語教育。

出発ゲートがある建物に移動した後 再度フライト前の荷物検査がなされる!靴脱がされ ジャンバーも脱がされ (*_*) 虐待だ・・・体重を計られた後・・ ノートPCは単体でX線を通された!!
フ.フ.フ.・・・ばれなかったな!
実はカミソリの刃を ノートPCに仕込んだのだ!
俺がテロリストだったら どうすんだ〜〜 もしこのナイフで機長を脅し 亡命したら どうすんだ〜〜!
アトランタの 荷物検査係の態度悪いオババ! 良く覚えておけ! お前のような奴がいるからアメリカ人は嫌われんだぞ〜〜〜!
京都議定書に著名を拒否し 世界の石油資源の40%を消費し鯨の保護だけはムキニなる
『ばぅかも〜〜〜〜ん! もう USAなんか旅行してやんないかんね〜〜〜』だ!
あ。。。。。でも 南米行くとき通過はさせてね・・お願い
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